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東京家庭裁判所 昭和50年(少)9735号 決定

少年 S・K(昭三三・四・二五生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、三歳の頃、実父母の離婚により秋田市で弟と共に母の許で養育されたが、小学三年の昭和四二年頃母が○野○平と内縁関係に入り、同人には妻子があつてこれとの離婚問題が解決しないままに不安定な内縁関係が続き、この間少年らは愛知県、秋田県さらに昭和四六年一二月には現住居えと頻繁に転居を重ね、昭和四九年四月現住居において中学を卒えて高等学校に進学した。

○野は同年三月頃から少年宅で生活することが多くなつたが、同人が十分な生活費を入れないこと、入籍問題、さらには、少年兄弟が同人になつかないこと等をめぐつて従来から同人と母との間に口論が絶えず、少年は○野が真の父親でないうえ、生活費を十分入れない為母が食堂の賄婦として働かなくてはならないこと、少年を叱るばかりで父親らしいことをしてくれないとして同人に対して反感を抱き、このような家庭生活を不愉快に思い悩んでいたものの生来温和、内向的で人と争うことを嫌う少年は同人に反抗することも出来ず、またこれを教師その他に訴えることも出来ず、ただ黙して堪えるのみで、このようなことから中学三年の昭和四八年以後、短期間ながら二度の家出、或は再三の自殺企図があつた。

昭和五〇年六月初頭(高校二年一学期)からは、空想的な物語や小説を好んで読むようになり、これによつて家庭的悩みから逃避しようとする一方、従前から好きなジェット飛行機に乗つて遠い○○方面に家出しようと考えるようになり、同月二七日、○○行の航空券購入方を申込んでいたところ、同年七月三日夜に至り、またまた母と○野との間で、少年らが○野になつかない事等で特別激しい口論があり、少年はこれを苦にして一夜眠られずに懊悩の末、このような生活は最早堪え難いものとなり、将来を悲観し、またも自殺を考えるに至り、同月一〇日、先に申込んでおいた航空券(同月二八日○○発○○行)を入取するや、母には郷里秋田の母の実家を訪ねると騙き、内心は当初の予定どおり飛行機で札幌へ家出して放浪するか、或はむしろ、日頃好きな初めての飛行機を乗取つて飛べるだけ飛び続けさせて飛行機もろとも死んでやろうとも考え、同月二八日午後三時一六分○○空港発○○空港行定期××便の○○株式会社所有ロッキードL一〇一一型○○××××号機、機長○村○明操縦の飛行機に乗り、発進後も家出か自殺かと思い述つた未、結局、同飛行機を乗取り、燃料がなくなる迄飛ばせ、飛行機もろとも墜落して死ぬことを決意し、同日午後三時四三分頃、同機が○○上空通過直後、同機操縦室に入り込み、左手を布製ベルトでふくらませた上衣ポケットに差込み、あたかもポケットに兇器を隠し持つている如く装い、右機長ほか四名の乗務員に対し、「この飛行機をハイジャックした」、「ハワイに行け」、「このまま飛び続けろ」等と申向けて脅迫し、少年が何か兇器を持つているかも知れないと考え乗客及び乗務員の生命身体の安全を危虞した前記機長らを抵抗不能の状態に陥れ、乗客のみを降す条件で同日午後四時五〇分頃、同機を○○空港C-一誘導路に着陸させ、もつて同機の運航をほしいままに支配したものである。

(適用法令)

航空機の強取等の処罰に関する法律第一条第一項

(処遇理由)

一  本件は、航空輸送の秩序と安全、特に無関係の多数の乗客、乗務員の生命に重大な脅威を与える極めて危険性の高い悪質極まる犯行であり、今迄に一度も非行歴がなかつたとしても、少年を刑事処分に付することも十分考慮せられる事案である。

二  しかしながら判示認定の如く、本件には思想的背景も、金銭的欲望も全くなく、ただ極めて幼稚な非現実的、空想的な逃避のみである。

即ち○○へ家出するといつても確たる当てや見通しは全く持つておらず、飛行機乗取り、自殺といつても全くの素手で、これまた何等確たる見通しが立つていなかつた。極めて漠然たる心理状態のうちにあつたもので、若し、操縦室内の整備士が不用意に戸を開けなければ、少年は当てもなく○○で下り、単なる家出に止まつたものと思われる。

三  本件調査、鑑別、審判の結果を綜合すると、

(イ)  少年は知的にやや劣り(IQ=八三)、特に抽象的な思考力が著しく低いことが特徴的であること

(ロ)物事を客観的に広い視野で見ることが出来ず、とかく感覚的に把え易いこと、

(ハ)  困難な場面に積極的に立ち向うことが出来ず、自分の空想の世界に逃避し易いこと

(ニ)  元来、温和、内向的で、対人関係でも自己主張することも出来ず、周囲に逆わずにいいなりになるといつた非常に表面的な接触しかせず、社会性が極めて未熟であること

(ホ)  少年にとつて「家出」とは「独立」を意味するのでなく、単なる「困難からの逃避」で、「家出」も「自殺」も心理的には同じ意味であること

が認められる。

四  本件において乗客、乗務員において事なきを得たのはまことに幸であつたが、本件後少年は、自己の罪質の重さに気ずき深く反省悔悟し、母及び○野においては少年を本件に追込んだ原因となつた内縁関係を解消し、母方親族等において将来少年を協力して監護善導することを誓つている。

五  以上を考慮すると、前記のとおり知的にも劣り、性格上も脆弱な少年を法定の重刑に処することは必ずしも当を得たものとはなし難く、むしろ少年を少年院に収容し、自己の罪責をさらに自覚させるとともになるべく自己主張や感情表現が自由に出来るような集団の中に入れ、周囲と感情的な交流の機会を持たせ、外に目を向けさせるようにし、集団の中で徐々に責任を持たせ、対人関係の中で問題を把え、それについて考える習慣をつけさせる等の矯正教育を施すことが相当と認められるので、少年法第二四条第一項三号、少年審判規則第三七条第一項を適用して少年を中等少年院に送致する。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 中村護)

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